Antiquity in my Closet

我が子と近所に保存してある機関車をみていたら、幼少の頃父に買ってもらった鉄道模型を思い出し、40過ぎから模型工作を始めてみました。「鉄ちゃん」のイメージから、なんとなく家族には言えず、押入れの中にひっそりと・・・幼少のころ父とみた古の機関車の記憶。

懐かしの青函連絡船「摩周丸」

 数年前の写真を見ていたら、函館に今は博物館として係留中の青函連絡船摩周丸」の写真がありました。摩周丸がまだ現役の青函連絡船として就航していた小学生のころ、父に連れられて1度だけ青函連絡船に乗船した記憶があるのですが、この時の船が摩周丸だったと記憶しています。もう当時の写真はありませんが、なんとなく記憶の片隅に残っています。懐かしい記憶です。

青函連絡船 摩周丸

 簡単に、この船の経歴をwikipediaから抜粋します。

1964年(昭和39年)12月2日 - 三菱重工業神戸造船所にて起工、1965年(昭和40年)6月15日 - 竣工。
6月21日 - 11時05分函館港回着(函館2岸)
6月24日 - 函館3岸9時05分発 茂辺地沖で速力試験の後、14時40分沖発、青森2岸19時20分着の7210便より試運航開始、6月30日 - 函館2岸12時25分発、青森2岸16時45分着20便より青函連絡船として就航
1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
1988年(昭和63年)3月13日 - 青森2岸15時00分発 函館1岸18時50分着の5便で終航

摩周丸 サイドビュー1
摩周丸 サイドビュー2
摩周丸 サイドビュー3

青函連絡船 摩周丸 やや後方から

摩周丸の船名表示

 青函連絡船で今残っているのは、青森港のメモリアルシップ八甲田丸とこの摩周丸だけ。過去の産業遺構が失われていくのは仕方のない事です。特に船となると機関車の保存よりもさらに難しいのでしょうね。海は錆の進行が早そうですし、使わない大きな船を陸にあげて防錆することもしないでしょうし。

 函館の海に連絡船がある風景。いつまで見ることができるだろうか。大事にしたい風景ですね。

車輛が出入りしていたゲート

ここに線路も残していてくれたら、連絡船の特殊なところが分かってよかったのにな。といつも思います。ここから車両が入っていくのが、連絡船ならではでした。

函館港

函館港の風景はいつみても良いです。

 

青函連絡船関連の書籍

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天賞堂から青函連絡船が出ているとは驚きです。